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ほっつき横丁.com/東日本大地震

3/14 人の温かさ

夜中エマージェンシーシートは暑くてゴソゴソしてます
何となく起きた瞬間 当社社長の顔が現れた
避難先をメールしておいたら 心配して来てくれたが今3:50なんですけど…
社長の涙を見たのは先代が亡くなった時以来
沢山の衣服と飲み物おにぎりを頂きました
ここまで思っていただけるのは本当に有難い事です
奥さんのお母さんと妹さんが石巻イオンに避難している位で後は大丈夫の様子
会社は社員が寝泊りしていて 電話番も兼ねてかたずけも進めているとのこと
深々とお辞儀し見えなくなる迄見送った
朝起きた3人はサウナの様に汗だく 
エマージェンシーシートは結露するらしくシェラフの外に巻くのが正しいみたいだ・・・失敗
変わらない朝がはじまる
今朝の朝食配給は同じワカメごはんとバナナとちくわです
有難い事にワカメごはんは温かでした
段々と段取りがよくなって来たと 同じ近所の被災者でここの職員の方が言ってました
しかしながら 避難所の対応に追われて家には1度も帰っていないとの事
被災時から付っきりで 単に教職員で避難所に指定されているが為に
どこまでが勤務時間で どこからがボランティアなのか?   同じ被災者なのに・・・
昨日の残った要冷蔵のレトルトと一緒にご飯を食べます
今日は鮭ワカメごはんにしました 旨い
バナナは残し昼食用に持って今日も家のかたずけに全員で向かいます
夢タウンのスタンドを通ろうと産業道路から通ると余り列のない新港のセブンイレブンがあり
並ぶとカップ麺とお菓子と飲み物いずれか1人3点まで無料で配っていました
有難い事です    通常に戻ったらここで沢山買い物をしてあげよう
私の前の2人組の女の子達は 小さめなチョコレートを3つ持っていきました
腹の足しにならないだろうに…
かみさんの兄が勤める会社の車を見つけて駆け寄る
地震津波後に会社に戻って来て家に帰ったとの事で兄貴の安否は取れた
夢タウンのカワチは津波にのまれているだろうから営業はしてないだろう
警察も表にいて監視してる様だし…
しかし裏の搬入口に人の列がある  水とカップ麺だ ここでは一つ100円で箱買いだ
2リッターの水とカップ麺を2ケースずつゲットした 普段は100円しないで売ってないか?
と疑問にも思ったが  まぁ〜いいだろう
スタンドは電気が届いてないから無理だとの事
又避難指示が出てもすぐ車に乗れる様に家の目の前まで来ました
そして緊急避難に備えて掃除よりも先に持ち出す物を先に車に積み込みした
泥だらけになった家財品を外に出して床を洗う為にまず 庭の缶ビール拾いが先行だ
流れ着いた瓶ビールケースを14個集めて1ケースあたり50本の
缶ビールを詰め込みケースがなくなってもまだ3山盛りある
家だけで1000本以上はあるだろう
もっと酷い家もあるし 目の前の道路にはコンテナ2台とパレットの山
20リッター位のスチールビール樽が無数に散乱し
缶ビールは見当がつかない位の高い盛りだ
裏の大通りは通りがかりの大勢の人達がビニールを拾ったり
車に自分だけ乗れるくらいの量を積んで行ったりで賑わっていた
42インチのテレビは少し水の跡がある wiiはおシャカ ひな壇の10段飾りは倒壊 
冷蔵庫の食べられそうなモノを冷凍庫ストッカーに移して保存する
床下保管庫からは手付かずの調味料が泥水から出てきた
母方の兄弟がおにぎりや水や煮付けなどの差し入れを持ってきてくれた
近所に叔父さんの事務所もあるのだが 見ただけで手を付ける気にもならなかったらしい
13:30昼食にしようと用意をしていると
かみさんの甥っ子夫婦が心配して駆けつけてくれた
野蒜の実家は津波が目の前で止まり 家は問題なく全員無事とのことで
特にデイサービスに行っていたお母さんは
家への送迎が最後になったせいで津波を逃れたと言う
先に出た人はのまれてしまった・・・何と言う強運だろう
後は月浜の姉さん家族だけ確認がないだけ
目の前が海で小高い山に逃げても怪しい場所だけに心配がつのる
津波でたどり着いた山積みのビールを見に案内している時に
サイレンが鳴り津波の避難指示の車が何台も通り過ぎた  慌てて逃げろ〜
道路は片側交互通行の2車線が一方通行になって渋滞だ
道を変えて何とか有料道路を過ぎて逃げ 
弟の家に行ってみたが今日も車はそのままで不在…
お菓子を食べながら長い間待っていた所 
どこからともなく現れたご婦人が食べて下さいと
炊きたてのご飯でおにぎりを沢山握って持ってきて下さった
ご近所の人との話しを聞いてすぐに作って下さったのだろう 涙が止まりませんでした
どこの方なのかわからないまま…
さっきの津波騒ぎがテレビのニュースにならないので 忘れ物を取りに家に戻る事にした
2次避難先の小学校に移動したと書置きを残す
家に戻ると近所の方はすでに庭掃除を始めている 
まずは温かな炊きたておにぎりを頂きました 
お袋はかなりの便秘症で辛くてベットに横になっている時叔父さん夫婦も戻ってきました
叔母さんは元婦長さんでゴールドフィンガーの持ち主との事 
浣腸と油とゴム手袋があれば洋式トイレに座ったままでイモ掘りが出来るらしい 
すぐさまお願いしたが 極の便秘の持ち主…無理っぽい
病院に連れて行くからと母を預かってもらう事になった
頂いた大切なご馳走を積み込み早々に切り上げる
2次避難先の小学校に戻ったら 弟のかみさんが涙ながらに寄ってきた
明日から雪の降る冷え込みが続く天気になるので 
職場から休みをもらい迎え入れる為に朝から拾った自転車で 
あちらこちらの避難所を捜し回って来てくれたんだとか…
6畳2間のアパートに押し掛けたら申し訳ないし 
食事も何とか出来ているからと断っても泣いてきかない 
なら 食事だけでもご馳走になろうと移動すると  
ライフラインが全て通っているからと弟に言いいくるめられ お世話になる事を決めた  
避難所の大量の荷物の引越しとお世話になった方々への挨拶を済まし 文明生活に入る 
暖かなコタツに身を寄せテレビを見ながら温かい食事を核家族8人で頂いた
しかしテレビ報道では衝撃的な映像が流れ涙も流れる 
福島原発事故も20km退去指示で明日の午後は放射能雪の天気の様だ
温かなタオルで体を拭いて寝よう 
4日ぶりにスッキリしたが 肛門は痛かったので清浄綿で処理をする 
さすがに余分な布団は1セットしかなく 
布団には親父を寝かせて我々4人はシェラフで板間にブラケットを敷いて寝た

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